「淺井愼平 トークイベント」

昨日、淺井さんの写真展『HOBO』と彼のトークイベントに出かけていった。

淺井さんは、75歳位だが、上下にジーンズをまとって出てきた。背は思っていた以上に低い。でも、若い。75歳にはまったく見えない。

スクリーンに映された最近の海外で撮った写真を説明をまじえながら、話を進めた。

・カメラは、デジタルも使うし、フィルムも使う。広告のポスターはすべてフィルム。モノクロームから出発して、フィルムの表現を捨てがたい。光をみることが必要。写真に揺れている自分の心を挿入している。海外の人とちがって、日本人はなんでもないものを写真にとって、心のひだを表現している。

 

淺井さんに今後たいせつにしていくことは何か問われたところ、われわれに勇気を与えることばを綴った。「待つ」。待つことはたいせつで、クリエーティブな努力をしつづけているうち、変化があり、チャンスが必ずくると熱く語り、次のような例を挙げた。

・フィルムを買うお金がないときは、フィルムを入れないカメラで写真をとり、夜寝た時に、現像された写真を想像した。1枚1枚、シャッターを切って切り取った現実を、布団の中で思い出し、吟味していった。

・浮世絵師葛飾北斎が70歳すぎて世に出した「富嶽三十六景 神奈川沖浪裏」の波は、1万分の1秒で止まっている。波の形は人間には見えない。人間の目で止めることが不可能である波を、彼は感じてそれを絵にした。北斎は、「70歳までに描いたものは取るに足らない、80歳になれば上達する」ということをいっている。

・黒澤明監督といっしょだった映画シナリオライターは、電車で自分が描きたい人物に会うと、その人と同時に電車を降りて、その人が家に入るまで追っていった。

・ある時、見知らぬ人が淺井さんの玄関に立っていた。その人は、数式が書いた紙を淺井さんに渡そうとした。まったくわけのわからない数字だ。彼はそれをうけとってくれと頼んだ。彼が言うには、自分は60歳になるまで考え続けたが、その数式が解けなかった。途中であきらめかけたが、妻の勧めで諦めずに考え続けた。そして、ある時電車の中で突然、その解答を得ることが出来た。

・ノーベル賞の松川さんは、学者間では常識だったことについて疑問を抱き続け、ある時、とつぜん思いついた。それが後の発見につながることになった。