知の財産

昨日、弁護士河合引之監督の映画『日本と原発』を観た。

そして、日本人が助けを求めている日本人を見殺しにしたという事実を知った。

2011年3月12日、原発の半径10キロが避難地域に指定された。当時それを知ったとき、わたしはこれからどうなるのかと思っただけだった。地震で身動きできなくなった人たちがどうなるのか考えもしなかったし、考えてもこなかった。そして、昨日、事実を知った。

11日は救助活動が行われていた。そのとき、埋もれた中から人の気配があった。(車の中からたたくような音が。)暗くなったので救助活動は一旦打ち切られたが、翌日も救助活動が行われる予定だった。だが、避難地域指定により、救助は中止になった・・・。

一ヶ月後、避難地域指定という規則をやぶって、ジャーナリストが圏内に入って、汚染レベルが下がっていることを知らせた。

そして、百人以上の遺体が見つかった。それはもう腐敗のために変わり果てた姿だったと遺族は悔しがる。

映画は、また電力会社が、政府、官僚、大手の企業と傘下の企業といかに密接につながっているかという日本の構造をていねいに説明してくれた。マスコミを通じた安倍政権の発言の矛盾点についてもいろいろと学ぶことが多かった。チェルノブイリのことだって、日本人が知っていたにもかかわらず、それを真剣に学ぼうとしない。また、福島のことだって、政府、企業、官僚が一体となって、(学者も含め)忘れさせようとしている。

東京大空襲の講演会を来月計画しているが、戦争と関係ない大量の市民が殺されたという歴史が70年前にあったのにかかわらず、学校ではそのことを真剣に教えようともしない。そのうえ、憲法9条を変えようとしている。今度もまた、日本人は、先祖が体験したことを、知の財産を捨ててしまうのだろうか。